近代日本の中でのオカルト、「黒魔術の手帖」のエッセイ群

私には昔から非常に好きで、何度も何度も再読している本が1冊あります。それは澁澤龍彦の『黒魔術の手帖』です。

澁澤龍彦は、フランス文学の翻訳家としても名が知られている小説家・エッセイスト・評論家です。氏は生前、非常に多数のオカルティックなエッセイを遺したことでも有名です。そのエッセイをまとめたシリーズの中の一冊がこの本です。とくに魔術に興味に持っていなくても、耳にする非常に有名なキーワードを核にし、解説を加えて書いたのがこの本です。

氏のエッセイの概要を分かりやすく説明すると、非常に専門的なオカルトの世界観を、澁澤龍彦というフィルターを通すことにより、その神秘さを損なうことなく、一般的な社会知識の中で思考を巡らせている人間にも届くようにしたもの、と言えます。

たとえばこの本に書かれている一番最初のエッセイですが、「ヤコブスの豚」というものの概要は魔術師のヨーロッパ世界での存在感について、というものになっています。

氏のエッセイでの西洋思想のエッセンスの扱いは、オカルトな内容でも宗教的な説明を極力省いている点が特徴かもしれません。むしろ、その説明は科学的思考に沿っての説明がなされ、現代の日本人には非常に分かりやすくなっていました。

このエッセイは1960年に書かれましたが、科学の発達がはげしい時期で、その時流への配慮もあったかもしれません。加えて日本人が徐々にその思考で無宗教さを強めて行ったこともあるでしょう。

改めて言うと一連のエッセイは澁澤龍彦というフィルターを通すことにより、その神秘さを損なうことなく一般的な社会知識の中で思考を巡らせている人間にも届くようにしたもの、と言えるでしょう。

なお、最初にこの本を読んだのはキリスト教世界も世界史もほとんど理解していない、中学1年生のときでした。つまり子供の頃です。そんな頃の私でも、分かりやすい氏のエッセイのおかげで、西洋のオカルト、というものの末端を少しだけつかむことができた感触がありました。

結びとして。オカルティックな知識については、氏の著作が入り口になりました。それは今では感謝に似た感情に育っていることをしみじみ感じています。